想いのはしりがき

当たり前のはずが……

とある勉強会で学んだ“受け売り”のお話。

クライアント様と打ち合わせをしている際に同じようなケースによく出くわす「あるある」話なのでご紹介。

 

場所は門司。

 

関門海峡の「門」の方で、対岸の「関」、つまり下関はフグで有名です。

おそらく、多くの人が「フグ」と言えば下関、下関と言えば「フグ」と連想されるほど、有名だと思うのですが……。

 

で、このお話の主役は門司で代々乾物屋さんを営む家に生まれ、お父様から跡を継がれたご長男(以後、店主)。

 

自分は会ったこともないようなご先祖様の時代から続いてきた稼業ですが、近年は魚介類の消費が落ち込み、ましてや自宅で鮮魚や乾物を焼いて食することを嫌がる主婦が増えているという状況下、彼が跡を継いだ乾物屋さんも売り上げは下降線の一途をたどっていました。

 

 

「こんなご時世だから、いつまでも乾物にかじりついていたら生き残っていけない。ご先祖様には申し訳ないが、僕の代で廃業しようと思います。」

 

店主がついに思い切った発言をしました。

同席していた人たちが励ましの言葉をかけるのも辛いほど、深刻な表情でした。

 

その時、その内の一人(勉強会でこのお話をしてくださった方。便宜上、以後「先生」とします)が、「あんなに美味しいのにね……」と残念そうにつぶやくと、

「そう言っていただけると嬉しいです。でも、美味しいだけじゃ売れない時代ですし、魚離れは進む一方だし。」と店主。

その言葉を遮るように、

「何であんなに美味しいんでしょうね。きっと、何かすごい企業秘密とかがあったりして。」と先生が言いました。

 

 

店主:「企業秘密なんて、そんなスゴいもの、何にも無いですよ。ただ、水揚げされた魚をさばいて、タレに漬けて、天日で干す。それだけです。」

先生:「え、タレに漬けるんですか。タレって、どんなタレですか?」

店主:「昔からあるタレです。何の変哲もない。」

先生:「昔からって、先祖代々引き継がれた“秘伝のタレ”ってヤツですか?」

店主:「そんな、“秘伝のタレ”っていうほどスゴいもんじゃないですよ。ただ、創業当時から継ぎ足し継ぎ足しで使い続けているから、“先祖代々引き継がれた”と言えば、まあ、確かにそうですね。」

先生:「それってスゴいコトじゃないですか!」

店主:「でも、この地域で乾物屋やってる家ではどこでも同じ事やってますよ。どこの家にも代々引き継がれたタレがあるし、乾物の仕入れ元も、製造工程もみんな一緒です。」

先生:「そこだ!!!!!!!!!」

 

先生は、店主が「どこでもやってる当たり前のこと」と言っていたタレに着目しました。

継ぎ足しで使い続けているタレに開いた魚を漬けるたびに魚の旨み成分やら何やらが溶け出し(?)タレの味は一層深みを増していく。それが先祖代々繰り返されてきた。相当な数の魚が漬けられてきたはずだし、この永い時間が味や成分を熟成させる一因にもなっているでしょう。つまり、創業間もない乾物屋には絶対に出せない味なはずです。

 

そして、「創業以来代々引き継がれた秘伝のタレで味付けした門司の名産!」と銘打ってWebで売り出すことを提案。

店主は半信半疑でしたが、廃業する前に最後の勝負、と思いECサイト立ち上げを決意。

 

その結果、業績はV字回復どころか過去最高値を記録したのだそうです。

 

当の本人は「当たり前」とか「大したことじゃない」と思っていることが、一般の目から見たら「スゴいこと」というケース、実はよくあります。

ただ、それが「業界では皆がやってることで、ウチだけが特別な訳じゃないから……」という考え方で片付けてしまっているだけで、業界の皆さんが同様にそう考えている場合、一歩抜き出るチャンスかも知れません。

ある意味、言った者勝ちです。少なくとも、嘘はついていないのですしね。